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碇シンジがアドラー心理学を学んだら

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 出会ったことで人生を変える本というのがある。この本は人の人生をその瞬間から変えるほどの破壊力を持っている。こんなに論理的な心理学の本をいままで読んだことはなかった。

 学生のころ、無意識というものの正体が知りたくて、ユングやフロイトの本を何冊か読んだことがある。フロイトはエディプスコンプレックスという性的欲求が神経症の原因であるといった。要するに、心を病んでいる人はみんな、幼少期になんらかのトラウマを負っている。男の子はペニスを切り取られることを恐れ、女の子はペニスにあこがれを覚えるが、神経症の患者はその葛藤が未解決のまま残っている。夢に棒のようなものが出てきたらとにかくそれはペニスを暗示しているのだ。うろ覚えだけどだいたいそんな話だった。不思議の国のアリスみたいに面白い話ではあるけど、だからどうなんだという気もする。彼らがいっているのはつまり、あんたはこの先一生、ペニスの夢を見てすごすんだということだ。おれはペニスの夢なんか見たくなかった。

 この本の冒頭は、「トラウマは存在しない」というところから始まる。わたしは読みながら、ああこの本は、人は変われるのだということを書いた啓発本なのだなと思った。前向きになれるのはけっこうなことだ。ただ別に自分は変わりたいわけではない。自分が好きだし、いまの自分のまま楽しく生きていたいだけだ。ところが、読み進めるうちに、この冒頭は物語でいうところの伏線にすぎないということに気づくことになる。

哲人 あなたは他者から否定されることを怖れている。誰かから小馬鹿にされ、拒絶され、心に深い傷を負うことを怖れている。そんな事態に巻き込まれるくらいなら、最初から誰とも関わりを持たないほうがましだと思っている。つまり、あなたの「目的」は、「他者との関係のなかで傷つかないこと」なのです。

青年 ……

 哲人は、人間が抱える悩みはすべて対人関係の悩みなのだと言いきる。このあたりから、わたしはほんとうに自分が好きなのかという疑念が生じてくる。自分の内面を掘り下げずにはいられなくなってくる。

哲人 他者から承認されることは、たしかに嬉しいものでしょう。しかし、承認されることが絶対に必要なのかというと、それは違います。そもそも、どうして承認を求めるのでしょうか? もっと端的にいえば、なぜ他者からほめられたいと思うのでしょう?

青年 簡単です。他者から承認されてこそ、われわれは「自分には価値があるのだ」と実感することができる。他者からの承認を通じて、劣等感を払拭することができる。自分に自信を持つことができる。そう、これはまさに「価値」の問題です。

 人は誰でも少なからず、承認を求めて生きている。いいね!を押されたがっている。哲人は、自分に価値を感じるために他者からの承認は必要ないと切り捨てる。

哲人 承認欲求の内実を考えてください。他者はどれだけ自分に注目し、自分のことをどう評価しているのか? つまり、どれだけ自分の欲求を満たしてくれるのか? こうした承認欲求にとらわれている人は、他者を見ているようでいて、実際には自分のことしか見ていません。他者への関心を失い、「わたし」にしか関心がない。すなわち、自己中心的なのです。

 承認欲求を満たしたいがために自己中心的。そんな人間をイメージして思い浮かぶのは、エヴァンゲリオンの主人公であり初号機パイロット、碇シンジだ。彼はこどものころ目の前で母親を失い、父親と確執する。自分の居場所を求めながらも他人との距離を保ち、心を開こうとしない。一方で、父親から認められ、愛されることを望み、「逃げちゃだめだ」と自分に言い聞かせる。

 作中で重要な役割を担っているA.T.フィールド(Absolute Terror FIELD)の正体は人間が持っている心の壁で、人類補完計画は全人類の持つATフィールドを消失させて一体化させる事だとされている。もしも碇シンジがこの本を読んで実践したとしたら、ゲンドウやミサトさんからの承認を求めようとすることもなく、自分が変えることのできない物事を受け入れ、他人を信じ、自分の価値を自分自身で感じるためだけにエヴァに乗ることができただろう。A.T.フィールドは消失して、人類補完計画はかんたんに遂行できただろう。詳しくはよくわからないけど。とにかく目の前に碇シンジくんがいたら、迷わずこの本をお勧めしたい。

 そして、碇シンジくん以外にも、自分を変えないといけない人間がいることをわたしは知っていて、それを認めなければいけない。もちろん自分自身のことだ。

 わたしはこの本に出会えて幸運だったと思う。