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常識とトリックの話

photo by Jóinn

昨日、韓国料理のレストランにいったらテーブルにマジシャンのおねえさんが来て、手品を見せてくれた。手品自体はまあ、ほう、というか、グッズを買ってそこそこ練習すればできる程度のものに思われたが、その場は非常に盛りあがって、楽しい時間を過ごさせていただいた。

目の前で、常識ではあり得ないできごとが起きると、人は驚く。常識というのは万人に普遍のものではなくて、ひとそれぞれ違っている。赤ん坊に人が空を飛ぶところを見せても驚かないし、大人に飛行機が空を飛ぶところを見せても驚かない。赤ん坊は人は空を飛ばないという常識を持っていないし、大人は飛行機は飛ぶものだという常識を持っている。常識だと思ってしまうと、それ以上の理由を考えるのをやめてしまう。なぜロボットが二足歩行できるのか考えたりしないし、なぜ携帯でインターネットができるのかも考えたりしない。それはそういうものだからだ。

手品の場合は、自分の常識では「そういうもの」だと受け入れられない出来事が起こる。人の念力でスプーンが曲がったり、伏せたトランプのカードの数字を当ててみせたりする。それを見た人は、なぜそんなことが起こるのか考えようとするか、もしくは超常現象なのだと考えるのを諦めるか、どちらかの選択をとることになる。つまり、自分の常識に従って解釈するか、「そういうもの」のひとつにするかのどちらかを選ぶ。

実際には、手品にはトリックがある。本当は起きていないことを、起きたかのように見せる必要がある。マジシャンの腕の見せどころは、いかに人を騙すかいうことになる。人を騙す仕事なら詐欺師とか政治家とか怪しげな宗教とかほかにもたくさんあるけど、騙して喜ばせることができるのはマジシャンと小説家くらいだ。

わたしの中には、物体は時間や空間を移動することができないとか、人間の体に剣を刺すと平気ではいられないというような常識がある。逆にいうとそういうわずかな常識以外をすべて疑ってみると、手品のトリックというのはだいたいわかる。伸ばすと透明になるゴムシートを使えば本当はシートの下にあるコインがシートに乗っているように見せられることを知っているし、コインはぜったいに硬いわけではない。水につけたものが必ず濡れるわけではない。ずっと前に、海外で上半身だけの女性が公園を歩き回るという、手品かなんなのかわからないものを見たことがある。どうやってやっているのかわからなかったが、それは本当に下半身のない女性だった。そういうものはエンターテインメントとしては禁じ手だと思う。

手品が終わってから、わたしはマジシャンのおねえさんに向かって、もしかして仲間由紀恵さんじゃないすか、といった。おねえさんは意味がわからなかったみたいで、戸惑ったような表情で、名前はにてるけど違いますと答えた。おねえさんの常識の世界では、初めて会った客が自分のことを仲間由紀恵に似ているという理由がみつからなかったのだろう。気持ち悪いことをいう変な客だと思ったかもしれない。いつの日か、おねえさんは仲間由紀恵がマジシャンを演じていたことを知るかもしれない。そのときに世界が少しだけ変わって、あのときの変な客がなぜそんなことをいったか、理由がわかるだろう。そういう意味では、わたしのほうもあのマジシャンにトリックをしかけたといえなくもない。

昔ちょっと息子といっしょにマジックにこっていたときがあって、そのとき買い集めたグッズの中でいちばんお気に入りだったのがこれ。ちょっと練習すれば誰でもできるし、お勧めです。

ダイナミックコイン

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