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所有するコストについて

「無理に売るな。客の好むものを売るな。客のためになるものを売れ」

パナソニック創業者の松下幸之助さんはそういった。

ものを所有するコストはどんどん高くなっている。昔は月に1度くらい粗大ゴミを収集する日があって、テレビでも冷蔵庫でも風呂の浴槽でもなんでも捨てることができた。今はテレビを捨てるのに数千円のお金がかかる。だから家のものがどんどん増えていくことになる。ものを保管するにも家賃や駐車場代というかたちでお金がかかる。

若いころ本を読んだり音楽を聴いたりするのが好きで、CDを300枚くらい持っていた。お金に困ったときにいくらか売ったことはあったけど、基本的には増えていくものだった。せっかくためたコレクションを手放すなんて考えられなかった。7、8年前に単身赴任しないといけなくなって、コレクションは一年くらい自宅に放置された。単身赴任が終わり、家に置いてあるCDや本がなくてもなにも困ることはないことに気づいて、それらを全部ブックオフに売った。中学生のときから10数年も大事に集めてきた宝物は数万円となってそのうち飲み代に消えた。部屋はすっきりしてなんでもっと早く捨てなかったのだろうと思った。いまは紙の本はよっぽど気に入ったものでない限り、読んだら捨てることにしている。ハードカバーの本は買う気にもならない。

こどもが小さいとき、奥さんの両親の知人が突然家にやってきて、五月人形をやるといって馬鹿でかい箱を置くとさっさと帰っていった。おそらく高価なものだったのだろう。立派なアクリル性のケースに入っていて、とてもうちの押し入れには入らなかった。わたしは相手の都合も考えず勝手にそんなものを置いていったことにえらい腹がたった。とりあえず奥さんとハードオフに持っていったが季節ものは引き取れないといわれたので、ベランダでケースをたたき割ってしばらく中身だけをしまっていたが、それも邪魔になって数年後にこっそりと処分した。

日常的に必要なものはそれほど多くない。風呂トイレ付きの住居とか、エアコンとか、冷蔵庫とか、洗濯機とか、そういう生活に必要なものは、供給も多いしそんなにバリエーションがあるものではないから、レンタルするか量販店ですませてもあまり大差はない。

エンターテインメント系のメディアの多くは、買い切りのものから定額制のサービスへ移行している。Huluに加入すれば自宅でオンデマンドで映画を見られるし、Spotifyは近々日本で音楽配信サービスを開始するといわれている。Amazonも先日、定額制で映画を配信すると発表した。kindleがあればリアルな本を所有する必要もない。ちょっとした娯楽であれば、所有しなくても様々なサービスを受けることが可能になった。映画マニアや音楽マニアでない限り、これらで十分事が足りる。

そうなると、これから所有するものの中心は本当に、資産になるものか、個人的な趣味のものに限られてくるのではという気がしてくる。趣味でボルダリングをしているが、ボルダリング用のシューズやチョークは専門店にしか置いていない。でもそういうものが「必要だから」購入する。誰にでも必要なわけではなく、欲しいわけでもない。わたしがボルダリングをするのに必要なだけだ。こだわりの釣り竿とか、高性能アンプとか、ビンテージのギターとかそういうものはこれからも必要とする人がいる限り、需要があるだろう。逆にいわゆる生活必需品や大衆娯楽みたいなものは、どんどんコモデティ化がすすむから、一握りの企業がひとり勝ちするようになる。五月人形みたいに必要でないものはまったく売れなくなる。

どうしてそういうふうになったかというと、不景気のせいで経済的な余裕がなくなったことに加えて、エコロジーとかノマドみたいな言葉がはやって、ものを持たないことがスマートだと思われるようになった背景がある。たくさんお金があれば、いくらでもものを所有することはできる。でも高級車を何台も所有しているというとなんとなく成金というか、下品な感じがする。所有することはすでにぜいたくという認識が広まっていて、税金やら馬鹿みたいに無駄なコストを払ってぜいたくをすることは今やクールなことではない。現代の価値観は損か、得かということで占められていて、損をすることはクールではない。

とくに結婚式の引き出物みたいなものを選ぶのは苦労するだろう。一回しかやったことはないが、誰もが欲しいものはもう存在しないといっていい。むしろかさばるものは捨てるのに困ると思われる可能性が高い。だから最近はもらう側がカタログで商品を選ぶようなシステムがはやっていて、結果的に米とかカニとかそういうものが送られてくることになる。誰かにものを贈るということは、その人にコストを払わせるということだと考えないといけない。

もし、ことし孫に五月人形を贈ったけど喜んでくれたかなとかいってる人がいたら、お嫁さんに恨まれる前に今すぐレンタル倉庫の契約をすることをお勧めします。ぜったい喜ばないです。