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伝説のグルーピー

photo by duskiboy

前に、渋谷ののんべえ横町で、店のマスターから、どんな不味い店でも固定客が5人は必ずいるもんだという話を聞いたことがある。わたしは飲食店に勤めたことがないのでそういうもんですかねという感じで聞いていたが、確かになんでこんなまずいのにつぶれないんだろうという店はときどき目にすることがある。

固定客というのは、店からすると継続した収益が見込めるありがたい存在だ。固定客がその店を気に入ってくれている限り、お金を払い続けてくれる。その期間が長ければ長いほど、その額は大きくなる。これを顧客生涯価値という。一般的に、成熟した市場ほど、新規顧客を獲得するよりも、現状の顧客を維持した方がより多くの利益をもたらすとされている。京都のお座敷が一見さんお断りなのはこのためだ。既存顧客を維持するには、純粋に好きになってもらうという方法のほかにも、ポイントカードなどで囲い込むという方法もある。

考えてみると、いつからか特定のタレントやグループや企業や商品に、特別執着することはなくなった。子どものころは本田美奈子と工藤静香のファンだったし、ゲームをしていたときはコナミのファンだった。高校生のときはガンズ・アンド・ローゼスやスキッド・ロウのファンだったし、ジュリエット・ルイスのファンだった。大学のときは村上龍や山口雅也のファンだった。中田英寿と中村俊輔がセリエAにいたころはスカパーで見ていたし、桜庭和志とヴァンダレイ・シウバが出る試合は欠かさず観た。家電は松下の製品を買うと決めていたし、飛行機はANAに乗ると決めていた。

今は、なんのファンか挙げてみろといわれるとちょっと困る。最近ずっと吸っていたフィリップ・モリスが統合してラークに変わったが、別に寂しい気はしなかった。iPhoneやMacを使っているけど、他にまともなものがないから使っているだけで熱狂的なアップル信者というわけではない。しいて挙げればわたしは子どものころから松山の鹿島という島にある太田屋という店で海を見ながら食べる鯛めしとさざえの壺焼きを愛しているので、その店のファンだと答えるかもしれない。でもわたしはその店にはもう数年に一度しか訪れることはないので、安定した固定客ではない。

商品には代替財と補完財というものが存在する。代替財というのはその商品の代わりに選択するもので、焼きそばUFOがなくなったらペヤングの売上は増える。JALが不祥事を起こせばANAの客が増える。わたしにとってはももクローバーZはAKB48の代替財だけど、AKB48のファンにとっては違うかもしれない。補完財というのは、商品を売るのに不可欠な別の商品のことだ。ニンテンドー3DSはモンスターハンター4の補完財だ。自動車教習所は自動車メーカーの補完財だから、トヨタは何年か前に免許をとろうというキャンペーンを展開した。補完財の価格が上がると、その商品の需要は下がる。東京湾アクアラインの料金が上がると、海ほたるの客は減る。逆にいえば、補完財が均質化して、誰でもタダ同然で手に入るようになれば、その商品の需要は増える。だから自動車メーカーにとっては、ガソリンと運転免許がタダで手に入ったほうが都合がいい。

なにが言いたいかというと、特定の商品に多数の固定客やファンがつき、価値が高止まりしている状態というのは、その上のフォーマットで商売をしている人にとって都合が悪い場合があるということだ。音楽ストリーミングのサービスをしているベンダーにとっては、個々のミュージシャンに対して固定のファンがついている状態よりも、ミュージシャンや楽曲というものが均質化して、権利を安く手に入れ、いろいろなミュージシャンの音楽を聴いてもらえることに価値を感じてもらえたほうが都合がいい。個別のミュージシャンのファンはそのミュージシャンがいなくなればサービスから去ってしまうからだ。AKB48というフォーマットにとっては、個々のメンバーはなくてはならないいわば補完財であるけど、同じ理由でひとりのメンバーにファンが集中するのは都合が悪いはずだ。フォーマットの中に代替財を増やし、固定客のつきすぎたメンバーを「卒業」させるのはそのためではないかと思う。

できることならまたなにかのファンになりたいなと思ったりもするけど、そうさせてくれないのはなにかの力が働いているからかもしれない。ただ本当に好きなものを自分で追いかけ続けるのも悪くはない。

書きながら、そういえば、もう20年もほぼ毎日キリンの一番絞りを飲んでいることに気づいた。