バレンタインとローマ字

photo by Wendy Copley

 バレンタインデーというイベントがあった。このとしになると、もはや特別な日でもなんでもない。というかもう誕生日や正月とかクリスマスも特別な日という感じはしない。なにかわくわくすることが起こるわけではない。製品のリリースの日とかそういうもののほうがよっぽど特別な感じがする。

 バレンタインデーといえば思い出すことがあって、息子が小学生の1年生くらいのときのことだ。息子は幼稚園のときから毎年、5、6個はチョコレートをもらって帰ってきていた。妻ににて顔がしゅっとしているからか、女の子がとりあえず実験的に渡しているのかわからないが、とにかくその月の甘いものには事欠かない感じだった。そしてもらったものは律儀に母親にぜんぶ渡していたのだった。話とは関係ないけど、息子はあんまり友達とは遊ばなくて、ぐんしゅという名前の見えない友達と話していた。ぐんしゅはなにか困ったことがあると助言をくれるらしかった。小学校にあがるころにはだんだん話せなくなってきて、いつのまにかもういなくなったのだといっていた。またぐんしゅと話したいなといっていたが、もう話すことはないのだろうと思う。

 バレンタインデーの話だった。ある日、わたしが息子がもらったチョコレートを物色していると、手紙が入っていた。

 手紙にはこう書かれてあった。

「だいすき MOMOKA、TINATUより」

 なぜだかわからないが、小学生は自分の名前をローマ字で書きたがるものだ。おとなになってからそんなことをするのはIMALUくらいのものだが、小学生は必ず手紙に自分の名前をローマ字で書く。ふたりはきっと、この手紙を書くためにローマ字を学んだのだろう。もしかしたら高学年のお姉ちゃんに名前をローマ字でどう書けばいいのかきいたかもしれない。ももかちゃんは、よかった。不運だったのは、お姉ちゃんが「ち」と「つ」の書き方を正確に知らなかったちなつちゃんのほうだ。

 ちなつちゃんには一度も会ったことがないけど、今はたぶん中学二年生だ。今でも自分の名前をローマ字で書いているだろうか、と思う。できればそのままであったほしいけど、これまでの人生の中で、きっと彼女は自分の名前がTINATUではないことに気づいただろう。

 わたしも小学生のころ同級生の女の子にラブレターを書いたことがある。もちろん、手紙の最後には「From RYOU」と書いたのだった。